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新しい時代は始まっていた。故郷・佐賀で「釣りよかでしょう。」が見せてくれたもの

嬉野です。
昨日、藤やんとぼくと九州の佐賀で初めて会った「釣りよかでしょう」に釣りに連れてってもらった。車で着いた先は佐世保だった。ボートを借りてくれていた。内海だった。天気が良くて、よく晴れていて、風がなくて、海の上は気持ちがよかった。見渡す限り、入り組んだ島影がいくつもいくつも見えて、佐世保の海はため息が出るほど綺麗だった。

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昼の3時頃からの釣りだったから、魚はみんなお昼寝をしていた。だから釣果より根掛かりして失ったルアーの数の方が多かった。それでも寝ぼけていたスズキとカサゴが4匹ほど釣れた。
帰りかけたとき、どこにいっても人気者の釣りよかは、人の良さそうな船宿の奥さんにアコヤガイの貝柱をもらっていた。たしかに湾の中で真珠の養殖がおこなわれていたようだった。

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釣りよかたちは、自分たちの根城の釣りよかハウスにぼくらを連れていってくれて、4人がかりの早技であっという間にスズキを三枚に下ろして刺身にしてくれた。カサゴの出汁の効いたやたらうまい味噌汁を作ってくれた。もらったアコヤガイの貝柱を湯引きにしてくれた。煮てくれた。他にももらった魚を塩焼きにしてくれた。やたら美味い肉を焼いてくれた。メシを炊いてくれた。どれもこれも食べたらどれもこれもめっちゃ美味かった。めっちゃ美味かったなぁ。大した歓待だった。気持ちのいい歓待だった。

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釣りよかは、みんないい奴ばかりだった。感動した。人に感動した。どえらい若者が佐賀から出たと思った。彼らは佐賀を愛していた。自分たちの人生を愛していた。だから腹いっぱい仲間と楽しんでいた。楽しいのはYouTubeという自分たち個人という生まれたてのものから始められる媒体と出会え、そこでみんなと楽しいことを始めたからだったろうと思う。そこで、どのYouTuberより楽しくはしゃぎながら釣りをして、メシを作ってのYouTube動画を撮っていたら二千万再生とか驚異的な数字を叩き出してしまうような桁の違うどえらい大YouTuberになってしまった。

釣りよかが楽しそうだったのは、自分たちで考えて判断していたからだと思った。自分で判断できるのは個人という生まれたてのもののままで真剣に生きているからだと思った。自分たちの頭で考えるしかないのだ。釣りよかは衰退している佐賀という田舎で、だからこそ楽しそうにしていた。釣りよかハウスに小さな畑も作っていた。鍋の白菜はそこへ取りに行った。焼肉のキャベツも畑に取りに行った。とれたての野菜は美味いだけじゃなく色も形も美しかった。釣りよかは文化を作ろうとしていた。楽しそうな釣りよかを見ていて、気のいい釣りよかの歓待を受けて、人は目の前の釣りよかを通して佐賀を好きになる。

佐賀は良いとこだなぁと思える。また来たいと思わされる。これは文化だと思った。釣りよかは文化を作ろうとしていると思った。そんな若者が先駆的に佐賀から生まれたことをぼくは同郷人として誇りに思った。
凄いなぁ。嬉しいなぁ。

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釣りよかは、名前からも分かるように全員「どうでしょう」ファンだった。ここにも我々の番組を見て、楽しくなって、一緒に歩いてくれている連中がいた。そしてそいつらは片田舎の佐賀で笑いながら文化を作ろうとしていた。感動した。感動した。
新しい時代は始まっているんだと気づいた。

2019.12.9 嬉野雅道

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(佐賀・釣りよかハウスにて)


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スキいっぱいあんじゃん
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『水曜どうでしょう』カメラ担当ディレクター(HTB 北海道テレビ放送)。うれしーとも呼ばれています。noteには、毎日「言葉の切れはし」を置いていました(2019年)。著書に『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(KADOKAWA)、共著に『腹を割って話した』(イースト・プレス)など。

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